里親の先輩や里親家庭で暮らした子どもたちからの あなたへのメッセージ

なぜ里親になったの?
里親になってうれしかったことは?大変だったことは?
実際に里親家庭で暮らしてみてどうだった?…

里親の先輩や里親家庭で暮らした子どもたちからメッセージを頂きました。これから里親を検討している方は参考にしてください。

2018.10.3
里親家庭出身 荒川美沙貴さんより
言葉を持たない子どもの声を聴いて

「プロフィール」
里親家庭出身 荒川美沙貴さん
(高校3年生より5年間、里親家庭(ファミリーホーム)で暮らした経験を持つ。現在大学院修士課程在籍)

家を飛びだして居候先を転々とした

高校2年のとき、家を飛び出して友人宅を転々としていたことが学校に伝わり、児童相談所に連絡されました。担当の方との話し合いの折に、「同じ学校に通学を続けたい」と伝えたところ、「高校に通学できる地域で里親さんを探します。どんな里親さんがいいですか?」と訊かれました。私が「理不尽なことで怒らない、気を遣わなくていい、ジャイアンのお母さんのような人」と答えたところ、「思い当たる人がいる」とのことで、その里親家庭で暮らすことになりました。
おいしいご飯、温かいお風呂、きれいな布団。里親家庭に来てからの暮らしは、夢のようでした。思い返せば、自宅で暮らしていた頃は、下校して自宅のドアノブに触れるとき、いつも深呼吸をしていました。ドアを開けると母の暴言が飛んでくるかも。水道やガスが止まっているかも、空腹だけど食べるものはないだろう。そんな不安をまぎわらすために深呼吸をしていたのです。
ただ、心は開けずにいました。里親とあまり話さず、部屋にひきこもり、勉強もせず、家のお手伝いもしない。いい子でいたいと思っていたからからこそ、「まともに話したら、私が悪い子だとばれて見捨てられるかも」という不安な気持ちがありました。

「生きるのよ」という思いを受け取った日

遠慮しながら生活する日々でしたが、進路を考える折に、里親は私に大学進学を勧め、奨学金の資料も集めてくれました。大学進学時には満年齢で措置解除となりましたが、自立支援という形で、引き続き里親宅で暮らせるようにしていただきました。大学生になったら、それまでの内向き生活で溜めたエネルギーが外に向いたのか、夜遊びで遅く帰宅するようになりました。解放感を味わいながらも、どこかで幼少期から抱いていた「私なんていないほうがいい」という思いはぬぐえませんでした。
あるとき、私の生い立ちを講演する機会があり、心の内を少し話しました。その夜、里親から「今日のような話、一対一でしたかった」と言われ、そこで初めて、お互いに言いたくても言えなかったことを夜明けまでぶつけ合いました。「私なんていなくてもいい」という想いを口にしたとき、真剣な目で「もったいないよ!」と、私のいいところをたくさん、たくさん褒めてくれました。ずっと私を見ていてくれたのです。「あなたは生きるのよ」という里母の思いを真っすぐに受け止め、その日から私は、自分のことを見つめていく作業を重ねて、少しずつ変わっていきました。

団らんや夫婦の会話から家族を知る

自分が変わっていくにつれて「家族団らんってこういうことなんだな」と、幸せを感じることが増えました。日曜の夜はテレビを観ながらおしゃべり。夫婦で意見が食い違っても仲がいい。家族はこうやって作ることを知り、私もいつか家族を持ちたいと思うようになりました。
本棚にある料理や歴史の本を読み、里父から世界情勢の話を聞き、いろんなことを吸収しました。一度は就職しましたが、大学院で学び直すことを考えた時も相談にのってもらい、背中を押してもらいました。学業を修めたら、児童心理司として子どもの力になれる仕事をしたいです。
かつての私のような子どもには、安心できる普通の暮らしが必要です。多くは自分を表現する言葉を持たないので、丁寧に伝え合って、その子が心の奥で思っていること引き出してくださることが大事だと思います。里親は頑なだった私を見守りながら待ってくれて、根気よく話を聴いてくれました。そのおかげで、今の私があることを感謝しています。

2018.9.23
養育里親 吉成麻子さんより
当たり前のことに
幸せを感じる日々を大切に

「プロフィール」
養育里親 吉成麻子さん
(千葉県、里親歴14年。15人の里子を養育。現在はファミリーホームを運営)

血のつながらない家族の自然な姿

長女(現在大学生)が小学校1年生のとき、明らかに虐待を受けている同級生のお子さんがいました。その子のことが気がかりで、市役所を経て県庁を訪ね相談したところ、「里親制度がありますよ」と教えていただきました。

幼少期に父の仕事の関係でドイツに住んでいた時、ドイツ人の両親とアジア系のお子さんが暮らしているのを見ました。また、大学でアメリカに留学した際も実子がいて、養子のきょうだいもいるオープンなご家族にも接しました。県庁で里親制度の説明を聞き、そこで「新しい家族の形」という啓発ポスターを見たときに、血のつながらない家族の自然な姿に触れたときの記憶がよみがえったのです。
目の前に困っている子がいても、単なる“同級生の保護者”ではできることが限られます。しかし、里親になれば、一緒に住んでサポートできると夫に相談したところ、「あの子のためならいいのでは」と承諾してくれて、里親登録しました。

「いいことをしているね」という温かい声

お預かりするお子さんの事情はそれぞれ異なりますし、全員が虐待を受けたわけではありませんが、「親と離れる」という喪失体験のあるお子さんですので、一般的な子育ての常識が通用しないことも多いです。行政や専門家の方々、里親仲間のみなさんとの学び合いの機会を大切にしています。
一日が無事に終わって、子どもたちが眠ると、いろんなことがあった日でも「今日もみんなでご飯を食べて、いま無事に眠っている。あー良かった」とうれしくなります。当たり前のことに幸せを感じる日々を大切にしています。
里親になって変わったことは、周囲の方々に「とてもいいことをしているね」と言われるようになったことです。私は元々専業主婦でしたが、子育てを褒められることはありませんでした。もちろん、褒められることが目的ではありませんし、「そこまでじゃないけれど」とも思いますが、みなさんが「いいこと」と言ってくださることに時間を使えるのは幸せです。
変わらないことは、子育てをずっとしていること。子どもの成長を間近で見られることは喜びです。

お子さんには多様なサポートが必要

親と暮らせないお子さんを支えるには、里親家庭だけではなく、さまざまなサポートが必要です。行政の方、専門職の方、同じ里親のみなさんはもちろん、ご近所の方や「里親はできないけれど里親のお手伝いはできるよ」というお気持ちのある方の力をフルにお借りしています。児童養護施設の職員さんたち、子どもの心理に詳しい小児科の先生ともつながりを持ち、子どもたちと一緒に遊びに行ったり、相談に乗っていただいたりしています。「大丈夫、子どもはそういう行動をとるものよ」と励ましていただくだけで、ほっとします。
里親になる方はもちろん、そうでない方でも里親家庭をサポートできることはたくさんあると思います。ぜひ多くの方に親と暮らせない子どもへの関心を持っていただけると嬉しいです。